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官能基の構造や反応の特徴・用途

有機反応を俯瞰する ー挿入的 [1,2] 転位

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今回は、Wolff 転位、Curtius 転位あるいは Hofmann 転位といった反応を取り上げます。それらの反応では、反応の途中にカルベンあるいはナイトレンといった原子価が不完全な中間体が生じ、続いて [1,2] 転位が起こります。[1,2] 転位そのものはこちらの記事でもまとめましたが、今回取り上げる転位反応は、挿入反応として見ても見通しが良いことについてもお話しします。

Wolff 転位

さっそくですが、今回の記事の出発点として Wolff 転位の反応の反応式を下に示します。

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反応の結果に注目するとカルボニル基上の置換基R1が出発する原子から見て、すぐ隣りの炭素上に移動していることから、[1,2] 転位に分類できます(転位反応の形式上の分類方法についてはこちら)。

では、この反応機構を(かなり丁寧に)一段階ずつ説明します。まず、出発物質であるジアゾカルボニル化合物の共鳴構造を詳しく調べてみます。

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左端と中央の共鳴構造によると、ジアゾ基は先端の窒素原子と根元の炭素原子上に負電荷が分散している(つまり 1,3-双極子である)ということがわかります。ジアゾ化合物を書く際には、炭素よりも電気陰性度が大きい窒素に負電荷をおく方が合理的なので、左端の構造がよく用いられます。しかし右端の共鳴構造式のように、炭素に隣接したカルボニル基に電子が流れることで、窒素よりも電気陰性度が大きい酸素に負電荷をおくこともできます。したがって、ジアゾカルボニル化合物は通常のジアゾ化合物よりも比較的安定です。

ところがこれらの共鳴構造のうち、中央および右端の構造は「窒素分子をぶらさげている」と考えることもでき、今から起こる反応についても暗示しています。つまり窒素分子が非常に優れた脱離基であるため、このジアゾカルボニル化合物に熱や光を与えると、窒素ガスが放出されます。

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こうして窒素分子が脱離すると、もともとジアゾ基を有していた炭素は、原子価(結合の手)を 2 つしか使用していないという状況になります。このような化学種はカルベンと呼ばます。カルベンは電気的に中性ですが、価電子の数を数えてみると、炭素の周りに 6 つしか電子を有していません。つまりオクテットを満たしておらず、電子に飢えています。

そこで、R1のσ 結合電子を取り込もうとしてR1を空軌道に引き込みます。その際アルキル基を失うことになるカルボニル炭素の原子価を埋め合わせるために、カルベン炭素の不対電子がカルボニル炭素と π 結合を形成し、アルキル基の転位を後押しします。

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こうして、Wolff 転位では転位段階による生成物として、ケテンを与えます。ただし通常は、このケテンは単離されずに、反応系中の水やアンモニアなどと反応して、それぞれカルボン酸およびアミドが得られます。(下に示したのはカルボン酸生成の反応機構です)

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ここまでが、Wolff 転位の(やたらと親切な)説明となります。反応機構を理解する上で、重要となる電子の流れを下にまとめました。

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反応機構の下に示した図は「非常に優れた脱離基である窒素分子が電子を引き出して、アルキル基を不対電子で押し出す」と読むことができます。

カルベンが割り込む

実は、ここまでの話は以前の [1,2] 転位の記事とほとんど同じです。したがって、例えばピナコール転位と Wolff 転位をあえて区別する必要はありません。なぜなら、どちらも 「1) 優れた脱離基による電子の引き出しと 2) ローンペアによる電子の押し出し」という共通の原理で反応機構を理解することができるからです。

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しかし、ここからは別の視点で Wolff 転位をみてみます。 Wolff 転位では中間体としてカルベンが発生します。上でもお話ししたようにカルベンは2 価の炭素化学種であり、炭素の 4 本の結合の手のうちを 2 つしか埋まっていません。したがってカルベンは、余った 2 本の手を使って他の 2 つの原子の間に割り込むように反応すると考えることもできます。このことは、次のようにフロー式を用いて反応を表すことで理解できると思います。

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挿入反応としての視点。
紫色の矢印は反応機構(電子の流れ)を表すものではないことに注意。

この図は「カルベンが、カルボニル炭素とR1基の間に割り込んだ」ことを表しています。巻矢印を使って反応機構を書く時には、電子の流れを矢印で示す約束なので、上の図は反応機構の書き方としては不適切です。しかし「カルベンは挿入反応を起こす」と理解しておくことは、反応によってもたらされる構造的変化を把握するのに役立ちます。

というわけで、カルベンのように原子価を 2 つ持て余した中間体が発生する [1,2] 転位についてお話ししました。これらの反応では、電子の流れを示す反応機構を書くときに、「引き出して、押し込む」という点を意識すれば、ピナコール転位や Beckmann 転位などの [1,2] 転位との共通点に気づくことができます。一方、基質の構造上の変化に着目すると、それらはカルベンの特徴的な反応である “挿入” 反応であることを理解できます。いつものように、下に [1,2] 転位を含んだいくつかの人名反応の反応機構と鍵段階の両方を示していますが、今回は挿入反応としての視点を強調するために、挿入される原子(あるいは原子団)を赤色で示したフロー式もまとめました。

反応名 フロー式 鍵段階
Wolff 転位 [IMAGE] [IMAGE]
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Arndt-Eistert 合成 [IMAGE] [IMAGE]
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Curtius 転位 [IMAGE] [IMAGE]
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∗実際には、脱窒素と [1,2] 転位が同時に進行し、ナイトレンは中間体として発生していないという機構が提案されている。ここでは Wolff 転位などとの比較のために、ナイトレンを中間体とする段階的な機構を書いている。
Hofmann 転位 [IMAGE] [IMAGE]
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Schmidt 転位 [IMAGE] [IMAGE]
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Lossen 転位 [IMAGE] [IMAGE]
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Fritsch-Buttenberg-Wiechell 転位 [IMAGE] [IMAGE]
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Doering-LaFlamme アレン合成 [IMAGE] [IMAGE]
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Seyferth-Gilbert アルキン合成 [IMAGE] [IMAGE]
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Corey-Fuchs アルキン合成 [IMAGE] [IMAGE]
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