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ニュース

2016年ノーベル化学賞は「分子マシンの設計と合成」に!

スウェーデン王立科学アカデミー(Royal Swedish Academy of Sciences)は10月5日、2016年のノーベル化学賞(Nobel Prize in Chemistry)を、フランスのジャンピエール・ソバージュ(Jean-Pierre Sauvage)、英国のJ・フレーザー・ストッダート(J Fraser Stoddart)、オランダのバーナード・フェリンガ(Bernard Feringa)の3氏に授与すると発表しました。これまでの化学賞では応用研究が注目されていた印象でしたが、今年は「分子でメカニカルな機構を模倣する基礎研究」が受賞です。

分野としては超分子化学・有機化学なので、確かに5年周期の受賞といえるでしょう。ちなみに超分子化学への授与は、その創始者であるCram, Lehn, Pedersenが授与された1987年化学賞以来のことです。いずれの3氏も業績は文句なしで、ノーベル賞候補として前々から評判の研究者でした。

分子機械の重要なパーツ:カテナンとロタキサン

分子機械研究の発展に欠かせない役割を果たしたのは、mechanically-interlocked moleculeと呼ばれる物質群です。その中でも代表格とされるのが、カテナンとロタキサンです。

カテナン(catenane)とは、環状化合物が鎖のように絡み合って連結した形状を有する分子集合体のことです。ギリシャ語で鎖を意味するcatena に由来して名付けられています。一方のロタキサン(rotaxane)は、輪っか分子に棒状の「軸」分子が貫通した構造の分子集合体です。ラテン語の輪(rota)と軸(axis)に由来しています。

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カテナンの輪っかどうし、ロタキサンの軸―輪っかはお互いに(共有)結合していないため、比較的ゆるゆると動きます。カテナンは輪っかが切れない限り安定ですが、ロタキサンはそのままだと軸が輪っかから滑り抜けてしまいます。安定に取ってくるために、軸の両端には大きなストッパーがつけられていることが多いです。

カテナンの合成に世界で初めて成功したのは、ベル研究所のエーデル・ワッサーマンです(1960年)。この合成法は強引そのもので、両端にエステルを持つ長鎖アルカンをアシロイン環化させ、たまたま二分子が絡み合ったものだけを取ってくるというものです。そもそもの環化自体が上手く進行しないことに加え、二分子が絡み合う過程は偶然に頼るほかなく、極めて低収率でしかカテナンを得ることはできませんでした(十分量の生成物を得るためにバスタブ一杯の原料が必要になったとか?)。ごくごく少量の合成がやっとという技術水準を反映してでしょう、カテナン・ロタキサンの化学は進展を見せることなく年月が経っていきました。

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カテナン・ロタキサンを効率良く作る!:ソヴァージュ

Mechanically-interlocked moleculeの合成法におけるブレイクスルーを成し遂げたのは、受賞者の一人であるソヴァージュ教授です。

ソヴァージュ教授は、金属イオン(銅)の錯形成能を上手く活用した「鋳型合成」という手法を活用し、カテナンを高い効率で合成することに成功しました(1983年)。その概念図と分子構造を以下に示します。1価銅が正四面体型配位構造を取ることがカギで、まさにこのためにある現象なのではないか?とすら思えるほどに巧妙な役割を果たしています。

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この鋳型合成法は大変に汎用性が高いものであり、同じ原理から異なるトポロジーをもつ様々な化合物を合成することができます。これまでに合成された化合物の例を以下に示します。いずれも巧みな分子デザインに基づく鋳型合成法によって合成されますが、どうやって作るのか考えるだけで、頭が分子構造のようにこんがらがりそうですよね(笑)。

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こういった化合物を作る”最初の一歩”は、実用視点から取り組まれたわけではありません。遊び心あふれるままに分子を作ってみて、その仕組みと性質を調べてみたい、という素朴な興味に端を欲しているはずです。一体何の役に立つのか?と問われると、実のところ返答に苦しむ分子が大多数です。

とはいえ一方で、「非常に綺麗な分子でしょう!?」と問われて、否定できる人もそう居ないのではないでしょうか。

筆者などは「人間の手でこんな構造まで作ってしまえるのか!」と、強い驚きを感じます。人類にとって真に「興味深い」化合物合成とは、こういうゾーンにあるものではないか?・・・など、いろいろな考えを巡らさざるを得ません。

ロタキサン分子のスイッチをつくる!:ストッダート

ストッダート教授はソヴァージュ教授の合成法を磨き上げ、「bistable」な性質を持つロタキサン・カテナン化合物を創りました。名前の通り、安定状態が2通り存在する分子です。この2状態間を外部刺激によって人為的に行き来させられれば、分子スイッチとしての応用が拓けます。

ストッダート教授は、そのようなロタキサン分子を実際に合成(1989年)し、分子スイッチへの応用可能性を示しました(1991年)。下記の分子がその一例ですが、酸化還元やpH変化によってプラス電荷を自由に出し入れできる「フェニレンジアミン構造」を軸に組み込んであるのがミソです。プラス電荷を発生させた時には、電気的な反発のため輪っかは右側のヒドロキノン部位に位置します。一方でプラス電荷を消した時には、π-π相互作用が優勢になるため、輪っかは左側のフェニレンジアミン部位に位置します。

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ストッダート教授はこの設計理念をさらに発展させ、より複雑な動作を制御したり、機能性材料へ応用することにも成功しています。たとえば2004年には、3本の”足場”を持たせたうえで金属表面に乗せ、台座をリフトできる「分子エレベータ」を合成しています。また分子スケールの変形力をマクロスケールに伝えるアクチュエータ(分子筋肉)や、分子レベルの酸化還元で情報を記録できる超高密度分子メモリの創成なども行なっています。

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分子合成のコストが大きいため、これらは今のところ実用には至っていませんが、視覚的にも分かりやすい科学であり、夢が広がる成果に思います。

分子でモーターを作る!:フェリンガ

上記のカテナン・ロタキサンを用いるスイッチ分子とは、全く異なる方向からメカニカル分子機構にアプローチしてきたのがフェリンガ教授です。

フェリンガ教授は、光照射によって一方向だけに回転する光駆動型分子モーターを世界で初めて合成しました(1999年)。初期に合成されたのは立体障害の大きな置換基をもつ軸不斉分子です。オレフィン化合物に紫外光を照射すると、二重結合の一部が切れ、それを軸として分子が回転を始めます。このこと自体は古くから知られていましたが、フェリンガ教授は巧みな分子設計により、これに一方向にしか回転しない仕組みを組み込んだのです(下図)。回転に必要なエネルギーは、光と熱であり、回転方向は不斉炭素のキラリティによって決まります。分子構造を最適化することにより、極めて高速回転(室温下・MHz オーダー)する分子モーターも作れます。

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フェリンガ教授はこの分子モーターを一斉に回転させることで、分子レベルの回転力をマクロスケールに伝達できることを示しています。下記のような分子1を液晶フィルムに配列させて光を当てると、フィルム上に置かれた物体(ミリメートルサイズ)が一方向に回転します。数万倍以上も大きさの違う物質に力を伝えるための極めて巧みな実験系の設計には、驚嘆するほか有りません。

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Nature 2006, 440, 163より転載

一方では遊び心満載の展開として、分子モーターを”タイヤ”として持つ「ナノ四駆」を創り出してもしています。電気エネルギーで分子モーターを1方向回転させることで、金属表面を走らせることができます。これが動く様子は、顕微鏡像として確認することができます。

おわりに

本分野は実用化に遠そうな「趣味的香り」の強い研究という印象でしたので、強く予想はしていませんでした。しかしながらどれもこれもがエキサイティングな現象ですし、かつては誰しもが持っていた童心を呼び起こさせてくれる研究でもあります。美麗な分子構造グラフィックスをぼーっと眺めているだけでも、とっても楽しい気分に浸れます。語弊を恐れなければ、人間がもつ根源的喜びに触れるような研究と言ってもよいのではないでしょうか。

実用実用と言い過ぎなきらいもある昨今、実用偏重の風潮に対するアンチテーゼ的意味合いも、今回のノーベル賞のテーマとしてあったのかも知れません。魅力たっぷりな科学領域を樹立した研究者の方々に敬意を表し、受賞のお祝いを述べたいと思います。おめでとうございました!


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本記事はWEBに混在する化学情報をまとめ、それを整理、提供する化学ポータルサイト「Chem-Station」の協力のもと、ご提供しております。

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