スポットライトリサーチ
世界初の気体可塑性エラストマー!!
今回のスポットライトリサーチは、岐阜大学大学院 自然科学技術研究科・平 健二郎さん にお願いしました。
平さんの所属する沓水・三輪研究室で興味を持って取り組まれているテーマの一つに、イオン官能基を含む高分子材料(アイオノマー)があります。適切に設計したアイオノマーが示すかつてない特性=「気体可塑性」が今回の成果となっており、Nat. Commun.誌原著論文、およびプレスリリースとして公開されています。
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“A gas-plastic elastomer that quickly self-heals damage with the aid of CO2 gas”
Miwa, Y.; Taira, K.; Kurachi, J.; Udagawa, T.; Kutsumizu, S. Nat. Commun. 2019, 10, 1828. doi:10.1038/s41467-019-09826-2
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研究室を主宰されています三輪洋平 准教授から、平さんについて以下の人物評を頂いております。
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とにかく粘り強い平君。彼の粘り強さが、新しい現象の発見と今回のプレスリリースに結び付きました。平君のコメントにもあるとおり、彼が最初に空気中と比べて窒素中でエラストマーが力学的に強くなるという結果を報告してきたとき、私にはにわかには信じられませんでした。その差はわずかなものでしたし、気体の種類によってエラストマーの強さが変わるというのは、当時の私にとっては“非常識”な結果でした。しかし、丁寧に実験をして粘り強く結果をしめす平君に、遂に白旗を上げることになりました。持ち前の粘り強さに磨きをかけて、さらに活躍してくれることを期待しています。
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それでは今回も、現場からのコメントをお楽しみ下さい!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?
ポリジメチルシロキサン(PDMS)を骨格としたイオン性架橋エラストマーが、二酸化炭素(CO2)によって軟化する現象を発見しました。すなわち、気体によって可塑化するエラストマーです。私達は、このCO2による可塑特性が、エラストマーの自己修復性の促進に効果があることを発見しました。
本研究では、イオン成分の凝集を利用して架橋したイオン性PDMSエラストマーを設計しました。PDMSに導入された、ナトリウムによって中和された、または未中和のカルボキシ基は凝集して直径2 nm程度のイオン凝集体を形成します。このイオン凝集体が物理的にPDMSを架橋します。しかし、イオン凝集体の拘束力は、PDMS鎖の拡散を完全に抑制するほど強くありません。そのために、中和された、または未中和のカルボキシ基が一時的にイオン凝集体から引き抜かれて、別の凝集体へ移動する現象が、PDMS主鎖の拡散をともなって起こります。すなわち、架橋構造の組み換えが自発的に起こります。この架橋構造の組み換えは、自己修復性や強靭化などの様々な機能をエラストマーにもたらします。この組み換えは空気中でもゆっくりと起こるために、このエラストマーは室温で自発的に自己修復しますが、CO2ガス中では自己修復が10倍近く加速されます。また、CO2ガスを利用することで、-20℃という寒冷環境でも自己修復を誘起することが可能になります。これは、CO2ガスがイオン凝集体中に溶け込むことで軟化させ、結果的にエラストマーの可塑化をもたらすためです。また、重要なこととして、雰囲気を空気に戻すことでエラストマーは強度を回復します。すなわち、世界初となる気体可塑性エラストマーを開発することができました。
図:イオン性PDMSの概略図。イオン成分が凝集して架橋構造を形成するために透明度の高いエラストマーが得られる。このエラストマーでは、室温で架橋構造の自発的な組み換えが起きる。二酸化炭素中ではこの組み換えが加速されるために、エラストマーが可塑化される。
Q2. 研究テーマについて自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
気体可塑性のきっかけを発見したところに思い入れがあります。このエラストマーは湿気によっても軟化します。そのために、引張測定の結果がその影響を受けてしまうことが問題としてあげられていました。そこで乾燥窒素中で引張測定をおこなったところ、わずかですがエラストマーが強くなったことに偶然気づきました。最初にこのデータを報告したとき、先生は、「湿気の影響じゃないの?」と言って信用してくれませんでした。しかし、サンプリングに細心の注意を払いながら何度も測定を繰り返し、再現性を確認することができてやっと信用してもらうことができました。この気づきがあったおかげで、二酸化炭素中で測定してみることになり、気体可塑性の発見に結びつけることができました。今思うと、日ごろから先生が口を酸っぱくして言っている、「良い結果ほど疑え」という言葉を実際に体験することができたと思います。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
学部四年生になって、研究室配属されてから卒論提出の一ヶ月前まで、合成スキームの確立に四苦八苦したことです。加熱をし過ぎてサンプルを劣化させたり、真空乾燥中に突沸を起こして大幅にサンプルを失ったり、最適な中和度がわかるまでの一喜一憂など、失敗の繰り返しでした(今となっては良い思い出ですが)。しかしこの時にめげずに、問題点を先生と議論しながらトライ&エラーを繰り返したことで、目的のサンプルを得ることができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は研究をしていくうえで、この研究がどのように応用できるかを考えながら研究してきました。この材料が将来どのように応用されて、私たちの身の回りのどの製品に使われるのかを想像することは、私にとって楽しいと感じると同時に、研究へのモチベーションにもなっています。これからも、自分が感じる楽しさを研究の中で探しながら己を研鑽していき、化学の発展に貢献していきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
研究に行き詰ったとき、同じ研究室や、異分野の研究をしている友人らに、抱えている問題を相談することで解決へのヒントをもらうことがありました。また、ご飯を一緒に食べに行ったり、遊んだりすることで気分転換させてくれることもありました。私にとって彼らの存在は大きく、研究を続けるうえで心の支えになってくれています。皆さんの周りにも辛いこと、楽しいことを共有してくれる友人がいらっしゃると思います。その方々との関係を、是非大切にしていただきたいです。
最後に、実験をするにあたり多大なご指導を賜りました三輪洋平准教授、沓水祥一教授をはじめ、友人の皆様に深く感謝申し上げ、本寄稿の結びとさせていただきます。