スポットライトリサーチ
有機無機ハイブリッドペロブスカイトはなぜ優れているのか?
今回のスポットライトリサーチは有機合成から少し離れますが、有機無機ハイブリッド太陽電池を研究するコロンビア大学の宮田潔志さん(日本学術振興会海外特別研究員)の研究をご紹介します。
紹介する成果は、有機無機ハイブリッドペロブスカイト(Hybrid Organic-Inorganic Perovskite: HOIP)に関するものです。最近、HOIPは太陽電池やその周辺の半導体研究分野では非常にホットなトピックです。材料としての作製が簡単でありながら高効率を達成できるため、次々と論文が出てきています。今回の論文は、分光学を利用して構造の物性の不思議に迫ったもので、Scienceに掲載されています(宮田さんはequal contribution)。
“Screening in crystalline liquids protects energetic carriers in hybrid perovskites”
Zhu, H.; Miyata, K.; Fu, Y.; Wang, J.; Joshi, P. P.; Niesner, D.; Williams, K. W.; Jin, S.; Zhu, X.-Y. Science 2016, 353, 6306, 1409-1413. DOI: 10.1126/science.aaf9570
それでは今回の成果について、熱く語っていただいた内容を紹介したいと思います。
Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?
太陽光発電材料の業界を騒がせている有機無機ハイブリッドペロブスカイト(Hybrid Organic-Inorganic Perovskite: HOIP)の物性解明の研究を行いました。とりわけ注目を集めているのはペロブスカイト構造ABX3のAサイトに有機物のカチオン(典型的にはメチルアンモニウムカチオン、CH3NH3+)、Bサイトに鉛(Pb)、Xサイトにハロゲン元素(Cl、Br、I)という組み合わせのものです。無機物で構成された八面体の格子の隙間に有機分子が入り込んだような構造をもっているのが特徴です(図1)。
図1
HOIPは2009年に横浜桐蔭大学の宮坂教授により初めて太陽電池への応用の道が示され、それからたった5年間ほどで光電変換効率が20 %を超えるという驚異の成長率で太陽光発電業界のスター材料に成り上がりました。2013年にはScience誌が選ぶブレークスルーオブザイヤーBest 10にも選ばれています。
そもそも、高効率な光電変換を達成できる材料とは、どのような物性を示す材料でしょうか?重要な点の一つとして、半導体材料が光を吸収することにより生成したキャリア(電子と正孔)が電極まで効率よく捕集される必要があります。ところが、これらの敵となるのが原子欠損等の欠陥です。欠陥は電荷をもっていることが多く、クーロン相互作用によってキャリアを捕捉してしまうために電極での捕集効率を下げてしまいます。シリコンをはじめとする従来の光電変換材料は、実用に耐えるパフォーマンスを発揮させるためには固体中の欠陥の量を限りなく低く、少なくとも純度を99.999 9 %(シックスナイン)以上にする必要があると言われています。しかし、原子レベルで欠陥を少なくするのは難しく、純度を上げるためには大掛かりな製造過程を経るため、製造コストが高くなるといった大きな難点がありました。
それに対して、HOIPを使った太陽電池は簡単な製造過程で作った場合(=欠陥が大量に含まれている場合)でも、高効率を達成できるという点が特徴です。つまり、欠陥があればキャリアの捕集効率が劇的に下がるはずという、これまでの固体物理の常識に当てはまらない物質なのです。しかし、この数年で何千もの関連研究があるにもかかわらず“なぜHOIPがこんなに優れた性質を示すのか?”という本質的な問題については明らかになっていませんでした。
本研究では、時間分解蛍光分光(TR-PL)と時間分解カー効果分光(TR-OKE)という2種類の超高速分光を駆使することでこの課題にアタックし、以下の2つの発見をすることができました。1つ目は光励起に生じたキャリアがエネルギーを損失する速度が従来の固体に比べて遅いということです。キャリアのエネルギー損失はクーロン相互作用を通じて生じるため、これは何らかの機構によりHOIP中では電荷のクーロン相互作用が弱められていることを示しています。2つ目は、固体でありながら液体のような構造柔軟性を併せもつことです。これはつまり、図1に示した有機分子(MA)は回転の自由度を持っているため、あたかも液体であるかのように振舞えるということです。これは理論的には以前から予測されていたのですが(Frostらによる構造ダイナミクスシミュレーション 参照)、今回の報告では対照実験により疑いない形で実験的な証拠をつかむことができました。
これら2つの発見には一見関係ないように見えるかもしれませんが、実は密接な相関があります。例えば、極性溶媒中に電荷があると、電荷を打ち消すように極性分子が再配向して電荷を遮蔽します。すなわち溶媒和によって電荷のクーロン相互作用は劇的に抑えられます。本論文では、HOIP中に生じた電荷はあたかも極性溶媒中の電荷であるかのように遮蔽されることで、欠陥などの他の電荷から保護されるという描像を明らかにすることができました(図2)。固体中の電荷の常識では説明できなかったHOIPの電子物性が、液体中の電荷の物理も合わせて考えると理解できるという画期的な提案をしています。
図2
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
宮田はTR-OKEの実験装置のデザインと構築、実験を担当しました。もともとTR-PLのデータセット自身は既にあって、それを説明するためには液体のような構造柔軟性が鍵ではないか、という仮説は持っていました。この仮説を証明するためにどのような分光法が最も効果的かということを突き詰めて考えた結果、いっそ液体で流行っていた分光をそのまま適用してやろう、と思いついたというわけです。XYZ研究室にとってTR-OKEは全く新しい分光法だったので、初めは随分奇異な目で見られました。研究を提案したばかりの頃にボスに“I hope your crazy idea would work.”と声をかけられて苦笑させられたのは一生忘れない気がします。測定に初めて成功して、固体である試料から本当に液体っぽい応答が観測された瞬間は思わず声が出ました。今はこの分光法をさらに発展させた研究も行っており、その成果も近いうちに報告できる予定です。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
レーザー分光の実験は“観測したい信号vsノイズ”の戦いになることが非常に多いのです。固体試料だと散乱由来のノイズが大きくなりがちなため、実験の難易度が上がります。今回も散乱由来のノイズが大きな問題で、トライアル&エラーを繰り返しながら装置を改良していきました。最終的には、ポンプ光とプローブ光に異なる波長を用いる実験装置を組み、ポンプ光由来の散乱光をフィルターによって排除できるようにした点がクリティカルに効きました。自分自身もTR-OKEの装置を構築するのは初めてだったのですが、これまで培っていた超高速分光に関するノウハウが十二分に活き、比較的スピーディに装置を構築できたと自負しています。自分を一人前の分光学者に育ててくれた京都大学理学研究科化学専攻・松本研究室に感謝しています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
分光学とは“見る”行為を突き詰める学問、ということをよく言われますが、超高速分光を活かした新奇な分光法を適用することで、今まで誰も見ることができなかった化学物質の側面を1つでも多く見つけていきたいと考えています。例えば、今回の研究対象だったHOIPも、物質の合成自体は20世紀前半に報告があったのですが、太陽光発電への応用が見出されたのはつい最近だったわけです。本研究ではさらに微視的な原理を明らかにできたため、今後のデザイナー半導体の設計指針を明確にできたという点が大きな貢献だと思います。見過ごされている物質のポテンシャルを再発見して、ひいては21世紀の人類の共通の課題である「持続可能社会の実現」に少しでも貢献していければと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
僕が普段から大事にしているのは、人から言われていないことをやろうとするスタンスを常にもつことです。日本は徒弟制度の構造が特に強く定着しているため、特に初めのうちは上から言われたことをこなすだけで日々が過ぎ去ってしまうことが多いかもしれません。しかし、研究のおもしろさは誰にも言われてないことを自分で考え、自分の判断の上で実行してみたときに初めて見えてくるものだと思います。虎視眈々と自分のやってみたいことを実現するチャンスを窺い、隙あらば積極的に実行していきましょう!(もちろん安全には配慮しましょう!)その先にあるのは世界中であなただけが到達できるサイエンスの高みかもしれません。
研究者の略歴
宮田 潔志(みやた きよし)
所属:Columbia University, Department of Chemistry, XYZ Lab(JSPS海外特別研究員)
研究テーマ:超高速分光、光電子分光
略歴:1986年 山口県山口市生まれ。2015年3月 京都大学大学院理学研究科博士課程修了。博士(理学)。同年4月より米国コロンビア大学化学科で博士研究員。2016年4月より同所属にてJSPS海外特別研究員。2016年10月現在、ニューヨーク日本人理系勉強会(JASS)代表。