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スポットライトリサーチ

多孔性材料の動的核偏極化【生体分子の高感度MRI観測への一歩】

[写真]

今回のスポットライトリサーチは九州大学大学院工学府の君塚研究室 に所属する修士課程2年の藤原才也さんにお願いしました。

君塚研究室はかねてから分子凝縮系や自己組織化系におけるスピン励起状態間のエネルギー移動に基づいた分子システムの開発に取り組んでいらっしゃいます。今回ご紹介する研究は、これまでに培われた電子スピンに関する知見を核スピンを操作する技術へ応用したものです。本成果は J. Am. Chem. Soc. に掲載されるとともに、プレスリリース として発表されております。

“Dynamic Nuclear Polarization of Metal–Organic Frameworks Using Photoexcited Triplet Electrons”

Fujiwara, S.; Hosoyamada, M.; Tateishi, K.; Uesaka, T.; Ideta, K.; Kimizuka, N.; Yanai, N. J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 15606–15610.
DOI: 10.1021/jacs.8b10121

藤原さんを直接指導された楊井先生から、藤原さんの人物像について次のようなコメントをいただきました。

3年前、それまでフォトン・アップコンバージョンの研究で培ったトリプレットに関する知見・技術を基に超核偏極の分野に新たに参入することとし、その第一号である今回の研究テーマを選んだのが当時4年生で配属された藤原君でした。藤原君はとても優秀ですが良い意味でひねくれていて、「研究室のメインテーマではない新しいテーマ」ということで選んだと後日聞きました。新しいプロジェクトのため予想以上の苦難続きでしたが、藤原君は先輩の細山田君や共同研究者の立石さんとともに粘り強くやり遂げました。またこのテーマは化学者にとって非常に難解なスピン物理の理解も必要ですが、藤原君はこの点においてその才能を如何なく発揮しました。体を動かし、頭を使う、そして新たな挑戦にこそ意義を感じる、このすべてを併せ持つ藤原君でなければこのテーマは結実しなかったと思います。藤原君が切り拓いたこのプロジェクトにはその後他のメンバーも加わり、我々のメインテーマの一つとなっています。
楊井伸浩

それでは、今回の研究成果とともに、論文やプレスリリースでは語られなかった研究の裏話もお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

NMRやMRIを室温で高感度化することができるtriplet-DNPと呼ばれる技術を、多孔性金属錯体(MOF)に応用した研究です。

triplet-DNPは、特定の有機分子を光励起し、項間交差により三重項電子に自然と出現するスピンの偏極(向きの偏り)を核スピンへと移行することで、NMRやMRIの感度を室温で向上させる技術です(下図)。

[図]


従来この手法は、高感度化したい分子を取り込むことが難しい有機結晶、もしくは構造が柔軟で偏極を室温で蓄積することが難しいガラス中でのみ行われており、高感度MRIへの応用は制限されていました。

本研究では、分子を包摂可能な多孔性かつ硬い結晶性の材料として知られるMOFを、triplet-DNPによって室温で高偏極化することに初めて成功し、MOF骨格の1H NMR信号を約50倍増感することができました(下図)。

[図]


Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

特に変わった工夫ではないのですが、今回用いたMOFであるZIF-8の配位子2-methylimidazoleの運動性が高いメチル基を重水素化し、ZIF-8骨格における1H核の偏極状態を保持しやすくしたことです。

最終的にtriplet-DNP後のZIF-8のNMR信号増感が、重水素化していないものと比較してより明確になったことを確認できたときは、配位子の設計が上手く結果に結び付いたと感じられて、大変報われた気がした記憶があります。

triplet-DNPの実験は基本的に九大で作製した試料を埼玉の理研に直接持参して行っているのですが、試料条件の最適化のため、月に数回という謎の頻度で九大から理研に通った時期は、(たかだか3ステップですが)何度も大慌てでこの配位子を追合成する羽目になり、今ではすっかり合成したくない分子の一つになりました。

Q3. 本研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

研究内容と本質的にはあまり関係ない話なのですが、やはり試料を作る場所と、肝となる測定を行う場所が遠く離れていることは、実験を進める上で大きな障壁でした。

例えば、現地であの試料も持ってくるべきだったと後悔しないように、沢山の試料を準備するわけですが、要領が悪いためか決まって試料が完成するのが出発当日の明け方で、何故かいつも徹夜で大学から慌てて空港へ向かっていました。一方、理研で一緒に実験してくださる立石さんも、お忙しい中でのtriplet-DNP装置のメンテナンスのために徹夜していることが多く、初日から互いに最悪のコンディションで実験がスタートすることが多かったのは、今では笑い話ですが、当時は疲弊して全然笑えませんでした。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

質問されて改めて考えてみたのですが、具体的な回答が思いつきませんでした。将来の選択肢が広いと考え、取り敢えずこのまま博士課程に進学してみることにしたのですが、その少なくとも3年間ある猶予(?)の中で、将来化学とどのように関わるのか考えていこうと思っています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

本研究に携わってきたこの3年で感じたのは、本当に実験は失敗することの方が遥かに多いということです。失敗して何かを学ぶことは大事だと頭では分かっていても、失敗し続けるとどうしても嫌になってしまう。失敗の連続の中でもモチベーションを保つ自分なりの方法をいくつか見つけておくことが、研究を続けて何かを掴む上で重要だと思います。何か良い方法があれば、最近また迷走気味の自分にぜひ教えてください。

略歴

[写真]

藤原才也

九大工学府 君塚研究室 修士2年

(左)藤原 (右)楊井
(超核偏極の国際会議が開催された英国サウスハンプトンにて)

参考文献

  1. Fujiwara, S.; Hosoyamada, M.; Tateishi, K.; Uesaka, T.; Ideta, K.; Kimizuka, N.; Yanai, N. J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 15606–15610.
    DOI: 10.1021/jacs.8b10121

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