化学者のつぶやき
Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手③:Grayanotoxin IIIの全合成」(解答編)
このコーナーでは、直面した困難を克服するべく編み出された、全合成における優れた問題解決とその発想をクイズ形式で紹介してみたいと思います。
第3回は白濱晴久らによる(-)-Grayanotoxin IIIの全合成を取り上げました(問題はこちら)。今回はその解答編になります。
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“Total Synthesis of (+)-Grayanotoxin III”
Kan, T.; Hosokawa, S.; Nara, S.; Oikawa, M.; Ito, S.; Matsuda, F.; Shirahama, H.
J. Org. Chem. 1994, 59, 5532. doi:10.1021/jo00098a009
”
解答例
題材となっているのは、全合成達成を目前にして、最後の最後で保護基が外れなかった!という苦しい状況に陥った実例の一つです。おそらく全合成化学者の方々は、身に覚えの1つや2つあるのではないでしょうか。ここまで完成品に近い基質で”脱保護プロブレム”が起きてしまうと、かなり苦しみ悩む状況となることは想像に難く有りません(合掌)。
MOM基は酸性条件にて除去できる保護基ですが、オキソニウムカチオンへ水などが求核攻撃するという機構で除去されます。しかし近傍の適当な位置にアルコールが存在していると分子内環化が先行してしまい、強固なメチレンアセタールを作って脱保護が困難になることがあります。この基質はばっちりその条件に当てはまってしまい、また混み合った位置でもあったため、脱保護が上手く行かなかったのです。
なんとかしてオキソニウム非経由の脱保護条件が必要だ!さもないと逆戻りして作り直し・やり直しになってしまう・・・これはなんとしても避けたい・・・!!
ここで光るのが、逆境を打ち破る創造的発想です。
問題文の条件に「骨格が酸化条件に強い」とあります。このヒントから、おそらく酸化条件を経由し、MOM基を脱保護しやすい形に変えているであろうことが推測できます。また2工程の前段階で、余ったヒドロキシル基のアセチル(Ac)保護を行なっています。強めの酸化条件に対し、ヒドロキシル基を安定化させる工夫とみて良いでしょう。
2工程を経た後に、アセチル基も脱保護されています。つまりこのうちのどちらかに、Ac基が脱保護されるような条件が含まれていると考えられます。問題文中に「酸を使わない」とありますので、典型条件は大別して2通り、ヒドリド還元もしくは塩基性加溶媒分解のどちらかです。このうち、問題文の前提条件にマッチしそうなのは、後者でしょう。酸化した直後に還元という組み合わせは、プロダクティブな結果となりにくいからです。
つまりこの2工程で、①MOM基を酸化→②Ac基と同時にMOM酸化物を塩基性で脱保護 というプロセスを経由しているのだと想定されます。ここまで来ればあと少し。
MOM基の酸化・・・あまり見ない変換ですが、実は不可能ではありません。アセタール化合物は、メチレン基の酸化をある程度受けやすくなっている特性があります(もちろん相応の条件が必要ではあります)。
ここで実用されているのは、穏和に行える四酸化ルテニウム酸化です。これにより、MOMをメチルカーボネートへと変換し、塩基性加溶媒分解での脱保護を可能としているのです。もちろんそのような条件ではアセチルも同時に脱保護されてくれます。大変スマートですね。
果たして以下の変換を経ることで、Grayanotoxinの全合成が達成されています。お見事!
今回の問題は現場の苦悩の一端を味わえる題材でしたが、いかがでしたか?皆さんはDead Endを回避できたでしょうか?