化学者のつぶやき
研究職の転職で求められる「面白い人材」
ある外資系機器メーカーのフィールドサービス職のポジションに対して候補者をご推薦しました。その時のエピソードが研究職の転職において示唆に富む内容でしたのでご紹介したいと思います。
2名のうちどっちが採用された?
同ポジションには2名の候補者をご紹介しました。2名のうち1名は30代半ばの男性で工学部出身の方でした。新卒からこれまで1社の外資系機器メーカーでサービスを経験してこられた方です。転職は今回が初めてです。取り扱っていた商材もご紹介先の企業にかなり近く、本ポジションにマッチした人材と思えました。
かたやもう1名の方は40代半ばの男性でした。文系出身ということもあり営業職でキャリアをスタートしたものの、「機械が好き」という理由で別の企業のフィールドサービス職に転職。その後さらに転職し、業務請負で中国工場の装置ライン立ち上げを行うなど、今回の転職で5社目という経歴の方でした。取り扱ってきた商材は今回のポジションと親和性はあるものの、やや異なっていました。
私は、この2名の候補者をご紹介した時、おそらく前者の30代の男性が書類選考を通過していくだろうと思っていました。しかし、意外にも社長は後者の人材に会いたいと言われました。
理由を尋ねたところ返ってきた答えは、「2人目の方が面白そうだから」というものでした。
「1人目の候補者は経歴もマッチしていますし仕事はできると思うのですが、だいたい想像がつきます。言っては何ですが普通なのです。何となく我々が求めている“期待以上の付加価値のあるパフォーマンス”を発揮できないような印象を受けます。それに対して後者の方は、経歴に“ストーリー”があります。請負契約で中国の工場でのライン立ち上げをやってみるなどユニークです。入社後、いろいろな困難やリスクがあってとしても、それらを乗り越えていけるような方であろうということが伝わってきて、とても面白い人材だと思います。ぜひ後者の方に会ってみたいですね」
当初の私の予想は裏切られ、この40代の男性の方の面接はとんとん拍子に進み、結果的に採用が決まりました。
この例に限らず、経営者の方からの要望として「面白い人材」というフレーズを聞くことがしばしばあります。それは「優秀な方」とも「学歴が高い方」とも違う意味です。果たしてこの「面白い人材」とは何なのでしょうか。思うに以下のような点が共通していました。
1. 意識的に挑戦してきた人間か
先述の40代の男性は、自分の中で定期的にキャリアを見直し意識的に新しいことに挑戦しています。文系でありながら一念発起して技術職に転向したもののそれで飽き足らず、技術職で得た機器に対する知識を生かし、海外工場の立ち上げ担当に自ら志願しています。当時は中国語もままならず非常に苦労されたはずですが、そうした30代の「修羅場体験」が血肉となり、魅力的な経歴となっています。
1社でずっと経験を積んでいることが良いとは言えないのです。1社で続けるにしろ、複数の転職をするにせよ、そこに「自らに対する挑戦があるかどうか」が、面白さを醸し出し魅力となっているようです。
2. 強みがひとつだけではない
この40代の男性は、技術職と営業職の経験がありました。この2つは異職種であるため穿った見方をすればキャリアに一貫性がないように捉えられてしまいそうです。しかし、結果的に今回内定が出たように、この相反する経験がこの方の魅力となっています。
機械保全や工場の設備立ち上げの際、技術系の方の中にはコミュニケーションや関連部署との交渉事が苦手な方が少なくありません。しかし彼の場合は両方を経験しています。若いころ営業で培った対応力や折衝能力が注目され、「営業力のある技術担当」として評価されました。キャリアのコアとしてのフィールドサービス経験を持ちながら、営業など複合的な能力を得てきたことが、採用側にとっては非常に魅力的に映っています。
こうした「面白い人材」への要望は、ポスドクを含め研究職に対しても同様です。そして、ポスドクこそその後の自身のキャリアに何を掛け合わせるかで、面白いキャリアがつくれるのではないかと思います。
アカデミアの方と面談する際、「これまで任期制だったので、次は定年まで勤められる会社でないといけない」「大学院までいったのだから大手の研究職につかなければいけない」というような固定概念に似たコメントを良く聞きます。
もちろんそうした価値観も大事ですし、共感もできます。ただ、これまでの一般常識ではそうだったこと、それだけがハッピーな職業人生を送るための条件かというと断言はできません。
最近あった「研究職の面白いキャリアの積み上げかた」について、参考までにエピソードをご紹介したいと思います。
元ポスドクの研究試薬・営業担当からバイオベンチャーの海外事業担当へ転職
国立大学の医学研究科で博士号を取得。その後、MRを経て、アメリカとカナダのポスドクで研究生活を送り、語学力と研究歴を買われて製薬メーカーの学術に転職された40代の男性の方が転職相談に来られました。直近では、バイオ関連商材メーカーの日本法人の営業を任されており、国内外の市場の新規開拓を担当していらっしゃいました。
この方は今回の転職で、もともとの専門分野であるバイオ系の医薬品に携わりたいというご意向をお持ちでした。ご本人様としては、転職回数が多いのではないかという点を気にされつつ、とはいえ転職にあたって現年収を下げたくない意向であることをお話いただきました。
まず、この方の強みを棚卸ししたところ、「研究歴×海外営業経験」の経験があることがとても魅力的でした。メーカーや開発受託企業等を含め語学に長け、海外の新規顧客開拓を経験している人材は転職市場に少ないのです。そして、高度な専門知識を要するバイオ医薬品や生体材料の研究歴があるというのは企業からとても引き合いがあります。
こうした市場の情報をお話し、転職回数は全く気にする必要がないこと、年収も下がらないだろうということをお伝えしたところ、安心されたようでした。
この方のレジュメが整った段階で私は複数の中小・ベンチャー企業の経営者にダイレクトにご紹介させていただきました。
思った通り、すぐさま複数社から面接オファーがありました。
多くの企業でこうした人材の採用難が続いており、創業メンバーや経営者自らがコネクションをつかって採用活動を行っているという話をよく聞いていたので、「研究歴×海外営業経験」という経歴を持つこの方であれば、すぐに引き合いがあるだろうと思っていました。結果的にこの方は、博士の専門知識と研究歴、海外向けの営業実績を高く評価されて、某バイオ企業の内定を得ることができました。
この方は、考え方の柔軟性がとても印象的でした。それぞれの職場で面白さを見出し、突き詰めてやってこられた結果、実績ができ、そうした実績や経験をもとに次の職場がひらかれていくという流れでキャリアを積まれています。
「私は修士だから、博士だから、ずっと研究職でなくてはいけない」という固定概念にとらわれることなく、「面白そうだから」という気持ちをもって柔軟に仕事を選択してきた結果、それがいわゆるユニークなキャリアとなっています。
“面白い人材”とは、というのは唯一無二のキャリアを持っている方です。
研究者の方には固定概念にとらわれることなく、ぜひ柔軟に考えてご自身がやりたいことでキャリアを形成していってもらえればと思います。