化学者のつぶやき
天才児の見つけ方・育て方
並外れて優秀な子どもたち5000人を45年にわたり追跡してきた米国のSMPY による調査から、そうした子供たちに学習意欲を持ち続けさせるためには手助けが必要なことが分かってきた。彼らは、自分自身で興味のあるものを見つけ、自力でその力を伸ばしていくことができると考えられがちだが、そうではないのだという。
タイトルはシュプリンガー・ネイチャーの出版している日本語の科学まとめ雑誌である「Natureダイジェスト」2016年12月号から。最新サイエンスを日本語で読める本雑誌から個人的に興味を持った記事をピックアップして紹介しています。
天才児の育て方
2016年12月号の特集。ちょうど乳児・幼児をもつ親として気になってしまいました(笑)。記事は1968年ジョン・ホプキンス大学の教授であったJulian Stanley(写真)が、若干13歳でジョン・ホプキンス大学に入学したJoseph Batesという少年に会ったところから始まります。この出会いがきっかけとなり、その後、Stanley教授はSMPY(Study of Mathematically Precocious Youth:早熟な数学的才能を示す児童の研究)を大学で立ち上げ、長期間に渡り、英才児を見つけては支援してきました。その数なんと約5000人。
その支援した英才児の経過を追うことによって様々なデータを集めることができたStanley教授らのグループ。記事はそのデータに基づいた英才児の識別方法、彼らの特徴や、その育て方について紙面の6ページを割いて述べています。現在では「頭脳や才能は出発点にすぎず、能力は努力と知的冒険を通じて伸ばすことができる」という考え方に至っています。
今後の研究により「英才児には特に手を貸さなくても、自分1人で成功をつかむことができるという長きにわたる誤解を打ち崩すことになるかもしれない。」とのこと。
ちなみにBates少年のその後は、記事にも記載がありますが、若干31歳でカーネギー・メロン大学の教授となり人工知能研究のパイオニアとなりました。その後、2005年に退職してSingular Computingという会社を立ち上げ、現在60歳だそうです。最初にStanley教授に見出されていなければどうなっていたことでしょうか。それについては誰にもわかりません。
理想的な鎮痛薬を計算科学で設計
オピオイドと同等の鎮痛活性を有し、オピオイドよりも副作用が少ない薬剤が、構造に基づいたコンピューターシミュレーションによって開発された。
in silicoでの医薬品開発はすでに製薬会社をはじめとして盛んに行われています。一時期は得られた「結果」の説明は可能だが、医薬品開発の「予測」には全く役に立たないといった印象でした。しかし、近年の医薬品の受容タンパク質の構造決定技術の進歩により、タンパク質の結晶構造が比較的容易に得られるようになりその結果、合成すべき薬剤候補化合物がかなり予測できる状況になってきています。
スタンフォード大学のManglik博士らは鎮痛剤として古くから利用されているオピオイド(モルヒネとその誘導体など)の中毒作用などの副作用を起こさない完璧な鎮痛剤の実現に向けて、300万種の分子についてミューオピオイド受容体(μOR)結合ポケット*とドッキング計算を行いました。
その結果、βアレスチンと複合体を形成しない有力な候補を選定することができ、合成、誘導化によりPZM21という新しい構造を有する医薬品項を発見することができたそうです。記事はオピオイド研究と計算科学の貢献について詳細に述べられています。
*モルヒネはμORと結合して鎮痛作用を有するGi/oタンパク質と活性化複合体を形成するが、同時に副作用を有するβアレスチンとも複合体を形成してしまう。
a. モルヒネと鎮痛作用および副作用 b. 今回の研究の流れ(出典:Natureダイジェストより)
その他
2016年12月号の無料公開記事は2つ。
考古学分野から「サルの「石器」が投げかける疑問」としてブラジルに生息するオマキザルの意図しない”石割り”によってできた”石片”が、旧石器時代の人類が作製したといわれる剥片石器によく似ていることが報告された話。え、じゃあ剥片石器ってなんなの?となりかねない重要な発見です。
剥片石器
オマキザルの”石割り”の動画はこちら。
もうひとつは、「データ共有と再利用促進のための新方針」としてNatureおよび関連12誌において、2016年9月号から論文作成に利用されたデータセットの利用可能性と利用方法の明記を義務化したことについての記事です。無料ですのでぜひお読みください。
関連文献
- Manglik, A.; Lin, H.; Aryal, D. K.; McCorvy, J. D.; Dengler, D.; Corder, G.; Levit, A.; Kling, R. C.; Bernat, V.; Hübner, H.; Huang, X.-P.; Sassano, M. F.; Giguère, P. M.; Löber, S.; Da Duan; Scherrer, G.; Kobilka, B. K.; Gmeiner, P.; Roth, B. L.; Shoichet, B. K. Nature 2016, 537, 185–190. DOI; 10.1038/nature19112