わかる!コンプライアンス
最近よく話題になるものの、意外と意識しづらいコンプライアンス。基礎知識、違反を防ぐ方法などを解説します。
vol.14
ちょっと待って!
そのうまい話、インサイダー取引かも?
投資初心者は要注意!
軽い気持ちがインサイダー取引に
長引くコロナ禍で先行きが見えない中、資産を殖やそうとする個人投資家が増えています。日本証券業協会の調査によると、2020年度末の国内の個人証券口座数は、前年度比約225万増の約2,728万口座となり、自宅にいながら株式の売買ができるネット証券の広がりで、投資をする層が拡大しているようです。
株式投資が身近になると、問題になるのがインサイダー取引です。定期的にニュースをにぎわすインサイダー取引とは、わかりやすくいうと関係者が事前に得た内部情報で株式を売買することです。会社の内部では、一般投資家よりも先に株式に関する情報を知ることができます。公表前の情報をもとにした取引がまん延すれば、証券市場の公平性が失われ、健全な経済成長が阻害されます。
ここで注意しなければならないのは、たとえ利益が出なくとも、インサイダー取引が成立することです。「損をしたら罰せられない」ということはありません。また、実際に取引を行った人だけでなく、内部情報を伝えた人、取引を推奨した人も処罰の対象となります。例えば「いま買っておくと利益になる」などと軽い気持ちで自社の株式に関する情報を漏らし、それをもとに身近な人が取引を行えば罰せられるのです。
インサイダー取引は、金融庁に置かれた証券取引等監視委員会が監視し、利益を求めて莫大(ばくだい)な資金が動く株式市場を健全で公平なものにするために、さまざまな役割を担っています。委員会の中に設置された特別調査課は、インサイダー取引をはじめとする金融商品取引法に違反した事件の調査を行います。警察でなくとも任意・強制調査の権限(臨検、捜索、差し押さえ)を持ち、証券市場の「最後の番人」と呼ばれています。
公表前の情報が株価を動かす!
インサイダー取引になる要件とは
では具体的にどのような取引がインサイダー取引になるのか、そのポイントをみていきましょう。インサイダー取引は、金融商品取引法第166条(会社関係者の禁止行為)で下記のように定義されています。ポイントは6つあります。
インサイダー取引
- 上場会社等の会社関係者(会社関係者でなくなってから1年以内の者も含む)が
- 当該上場会社等の業務等に関する重要事実を
- その職務等に関し知った上で
- その重要事実の公表前に
- 当該上場会社の株券等を売買すること
- 会社関係者から重要事実の伝達を受けた第1次情報受領者についても同様
ここでいうインサイダー取引の内部情報(重要事実)とは、株価に大きな影響を与えたり、投資家の判断を左右させたりするような企業情報を意味します。
インサイダー取引とされる内部情報(重要事実)
- (1)決定事実:
- 株式の募集・資本金や資本準備金の額の減少・自己株式取得・株式分割・配当金・株式交換・株式移転・合併・会社の分割・新製品や新技術の企業化など
- (2)発生事実:
- 災害や業務上の損害・主要株主の異動・上場の廃止や登録の取り消しの原因となる事実など
- (3)決算情報:
- 売上高・経常利益・純利益など
- (4)その他:
- 運営、業務または財産に関する事実で投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの
- (5)子会社に係る重要事実:
- 子会社が非上場でも上記は重要事実とされる
インサイダー取引の規制対象者には、「会社関係者」と「情報受領者」があります。会社関係者はその名のとおり、社内で株式情報を得る人で社員だけでなくパートやアルバイトも含みます。情報受領者は、社内の人から株式情報を聞いて株式取引を行った人です。身近な家族や友人もその対象となります。
株式取引は、重要事実が公表されてから行われなくてはなりません。下記のいずれかに該当すれば重要事実は公表されたとみなされ、インサイダー取引とはなりません。
重要事実の公表
- 重要事実を記した有価証券報告書などの公表
- テレビや新聞など、2つ以上の報道機関に公開されてから12時間が経過
- 会社情報が電磁的方法(TDnet)で公衆の縦覧に供された
違反すると懲役刑も!
インサイダー取引違反を防ぐには
インサイダー取引を行うと、下記のような厳しい制裁が科されます。
インサイダー取引違反への罰則等
- 刑事罰:
- 違反行為者は5年以下の懲役、500万円以下の罰金、または併科
違反行為者だけでなく、その人が所属する法人に対しても罰金刑が科される場合あり。具体的には、その法人の計算でインサイダー取引規制に違反した場合には、その法人に対して5億円以下の罰金
また犯罪行為により得た財産は没収・追徴 - 課徴金:
- 利得相当額(法定の計算方法による)
インサイダー取引となる重要事実公表前の取引は、前述の証券取引等監視委員会をはじめとして取引所や証券会社、捜査当局等の連携で水も漏らさぬ監視が行われています。たとえうまい話が飛び込んできても、「インサイダー取引は必ず公になる」「借名を使っても無駄」「ネットは監視されている」という認識が必要です。
また上場企業の場合、前述したようにインサイダー取引に手を染めた代表者や従業員だけでなく、不当な取引を防止する責任を果たさなかったとみなされると法人も処罰の対象となります。その影響は計り知れず、企業の信用は長期にわたって失墜することになります。
企業がインサイダー取引を防ぐためには、社内から違反行為者を出さないだけでなく、社外に情報を漏えいしない仕組みづくりが必要です。情報管理体制や規定の整備などの対策を行い、従業員の当事者意識を促す取り組みが求められます。
富士フイルムグループの取り組み
富士フイルムグループでは、コンプライアンスを「法律に違反しないということだけでなく、常識や倫理に照らして正しい行動をとること」と定義しています。企業活動の基本ポリシーとして「富士フイルムグループ 企業行動憲章・行動規範」を制定し、法令や社会倫理に則った活動の徹底を図るとともに、コンプライアンス宣言を通じて、事業活動においてコンプライアンスを優先することを富士フイルムグループ全従業員に周知徹底しています。
PROFILE
- 塚脇 吉典つかわき・よしのり
- 一般社団法人日本コンプライアンス推進協会理事。「コンプライアンス経営」に関する啓発や、情報セキュリティ対策(導入・運用・保守)支援、BCP対策など幅広く活動する。伊東市情報公開審査会/伊東市個人情報保護審査会委員。2018年JCPA出版より『組織は人、人の心を動かし、組織を変える56の法則』を出版、「見える化分析カード」を用いた企業リスク診断システムを発表。
イラスト:佐々木 公(イラストレーター)
記事公開:2022年2月
情報は公開時点のものです