STORY
大正12年、当時学生であった古川は、関東大震災に遭遇。震災で多くの建物が倒壊する中、堂々と建ち続ける上野の寛永寺の五重塔に感銘を受け、耐震技術の研究に没頭する。それから40年、東大工学部の教授、耐震技術の世界的権威となった古川はその退官記念講演で、東京の都市問題を解決するために超高層ビルの建設の必要性を訴えていた。そんな古川のもとに、鹿島建設の会長が面会にやってくる。超高層ビルを共に作りたい、そのために鹿島建設の副社長に招きたいというのだ。こうして、日本初の超高層ビル「霞が関ビル」の設計と建設が始まった。