身にまとうと姿が見えなくなる「透明マント」や「光学迷彩」。
アニメやSF映画に登場した空想上のアイテムが、現実のものになるかもしれません。
それを可能にするのが、自然界の物質にはない性質を示す人工物質「メタマテリアル」。
光や音などの波動現象を自在に操ることで、これまで不可能と思われていた現象を
可能にしようとしています。今回はそんなメタマテリアルについてご紹介します。
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透明マントも実現できる!?
夢の物質「メタマテリアル」とは。
微細構造体の集積で
自然界にはない性質を実現
「メタマテリアル」とは、自然界の物質にはない性質を実現することで、光や音などの波動現象を人為的に制御できるようにした人工物質です。その性質のポイントは2つ。1つはメタ原子(メタアトム)と呼ばれる微細な構造体が大量に配置されていること。もう1つは、メタ原子のサイズは制御する波よりも小さいこと。例えば目に見える光(可視光)を制御するには、その波長(およそ360~830nm)よりも小さいメタ原子が必要です。
このメタ原子の形状やサイズ、配置を適切に設計することによって、光や音、電磁波などに自然界には存在しない振る舞いをさせることが可能になります。
例えばメタマテリアルには、自然界には存在しない「負の屈折率」を備えさせることができます。自然界に存在する物質は入射とは反対の方向(下図参照)に屈折光が進む正の屈折率を備えています。一方、負の屈折率を持たせたメタマテリアルでは、屈折光を“くの字”型に屈折させることが可能です。この性質を利用して光の透過や反射を制御することで、「透明マント」のように物体を見えなくするなど、自然界の物質では不可能な性質を持たせることができます。
メタマテリアルの歴史は第2次世界大戦後、特定の電磁波に対する反射や吸収をコントロールする人工誘電体の開発に端を発し、1960年代後半、ロシアの物理学者ヴィクトル・ヴェセラゴによって理論が確立されたとされています。しかし、研究が盛んになったのは2000年代以降。開発競争に火を付けたのは、2000年にイギリスの理論物理学者ジョン・ペンドリーらが発表した「もし屈折率が負の物質があれば、無限に小さな物を光で観察できる」と主張する論文でした。
その論文は、それまでの光学の常識であった「可視光の波長よりも小さなものは可視光では見えない」という考えを覆すものだったためです。例えば、これまで可視光を使った観察は困難だった生きたままの細胞を原子・分子レベルで観察して生命科学の発展に寄与したり、可視光で線幅数nmの半導体回路を描いてコンピューターの性能を飛躍的に向上させたりするなど、さまざまな可能性が広がります。
透明マントや完全レンズなど
革新的な応用例が続々
メタマテリアルは、いくつかの種類に分けられます。主な分類と応用例を紹介します。
●電磁メタマテリアル
特定の電磁波の挙動を制御できるメタマテリアルです。透明マントはその応用例の一つです。
- 透明マント:
私たちは物体が反射した光を見ることで、その物体を見ています。光の屈折を制御するメタマテリアルにより、物体の背後からくる光が物体を避けるよう迂回させることができれば、私たちの目はその物体を認識できません。まさに「透明マント」の実現です。 - 完全レンズ:
光学レンズで見ることができる限界は200nm程度です。しかし、メタマテリアルの活用により負の屈折率を応用すると、理論上はさらに小さな物まで見ることができるようになります。このようなレンズはスーパーレンズとも呼ばれます。 - 平面レンズ:
一般的にレンズは凸レンズや凹レンズのようにふくらんでいたり、へこんでいたりします。しかし負の屈折を実現するメタマテリアルを利用すると、その形を平面にしたり、薄型にしたりすることができます。スマートフォンなどの望遠ズーム機能に応用できると考えられています。 - 電波反射素材:
特定の波長帯を反射する透明フィルムが開発され、これを活用することにより5Gや6G通信環境の改善が期待されています。
●音響メタマテリアル
音波や超音波の吸収や反射を制御するメタマテリアルで、すでにさまざまな分野で実用化されています。
- 防音・遮音・制振材:
オフィスの吸音パネルやエアコンの室外機用防音材などで実用化されています。また自動車分野では、軽量かつ効果の高い次世代遮音材として期待が高まっています。 - 医療機器への応用:
特定の場所に超音波を集中させて体の奥深くにある腫瘍を破壊するなど、医療機器への応用も期待されています。 - 建築材料:
Web会議などの増加により、オフィスでの音漏れや室内反響音対策のニーズが高まる中、壁に貼り付ける吸音パネルや天井、壁、パーティションなどへの遮音材の採用が進んでいます。今後は、集合住宅の床振動対策や工事現場・工場・サーバールームなどの騒音対策としても広がりが期待されています。
●熱メタマテリアル
熱の伝播を制御するメタマテリアルです。
- 放射冷却素材:
太陽光の反射と赤外線の放射を高効率で両立することで暑熱環境を改善する放射冷却素材や、スマートフォンなどの密閉された狭い空間の熱対策として赤外線の波長を選択的に放射する放熱シートなどが実用化されています。 - 熱電変換材料:
熱電変換とは、高温部分と低温部分の温度差を利用して熱エネルギーを電気に変換する機構のこと。そのため、温水中や産業炉内など温度差が確保できない環境では発電できません。しかし、赤外線を吸収するメタマテリアルを利用することで、局所的な熱を発生させ、温度差のない状態でも熱電変換を可能にする材料の研究が進められています。車のエンジンやエアコンから排出される未利用熱の再利用に活用できるのではないかと期待されています。 - 宇宙機熱制御:
宇宙機(人工衛星や探査機、輸送機など)では、太陽光が当たる場所と当たらない場所との極端な温度差が搭載機器の故障の原因になり得ます。そのため光エネルギーの反射や吸収を制御して、温度を適正に保つ研究が進められています。
サステナビリティにも貢献
研究開発の進展に期待
夢の広がるメタマテリアルですが、課題もあります。その一つは製造技術です。メタマテリアルは大量のメタ原子で構成されますが、そうした微細構造を実現する製造技術は高コストであり、サイズや形状によっては既存技術では対応できない可能性もあります。
しかし、未来を開く新たな鍵の一つがメタマテリアルであることは間違いないでしょう。メタマテリアルは、サステナビリティにもさまざまな貢献をする可能性を秘めています。例えばメタマテリアルは、光を効率的に制御できるため、エネルギーの損失を抑えることができます。光の伝送損失を低減するメタマテリアルを光ファイバーに組み込めば通信の効率化につながり、太陽光の吸収率を向上させるメタマテリアルを太陽光パネルに組み込めば発電効率を高めることができるなど、エネルギー効率を向上させることが可能になります。
また、メタマテリアルには従来の素材では実現できない機能を持たせることができます。例えば、現在では希少資源を使わないと実現できない機能を、豊富に存在する資源で開発可能なメタマテリアルに持たせることができれば、希少資源の使用量を減らすことができるかもしれません。
一部は実用化されているものの、メタマテリアルはまだ発展途上といえる技術です。今後、さらなる研究開発が進むことで、私たちの身の回りから宇宙まで、さまざまな分野での活用が進むことが期待されます。
「メタマテリアル」に関する富士フイルムの技術
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記事公開:2023年12月
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