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部下の力を引き出す「コーチング」の極意

部下が自発的に働くようになる、コーチングの手法と実践について解説します。

vol.8 逆境を乗り越える力を引き出す
3つのポイントとは?

火事場の馬鹿力こそ本来の力!?
固定観念を壊し逆境を乗り越える

ビジネスでは、物事が順調に進むときもあればそうでないときもあります。ですからあらゆるトラブルを予測して対策を練っていたとしても、全く想定外の事態が起こりえます。

人は「自分は準備万端だ」という思いが強いほど油断しやすくなり、予想していなかった事態が起きたときに、慌てたり、混乱したりしてしまいがち。もしもそんな精神状態で対処すれば、かえって事態を悪化させることにもなりかねません。

一般的に、仕事で問題が生じたときには「何が足りなかった」のかを考えることから始めがちです。一方、コーチングの考え方では、「どうすれば解決できるか?」という視点で、過去の経験から強みやリソースを引き出し、事態の解決策を探っていくのが効果的と捉えます。

「火事場の馬鹿力」という言葉はご存じだと思います。非常時に、普段では考えられないような力を無意識に発揮することを例えた表現です。しかし、その「馬鹿力」こそが本来の能力だとも考えられます。普段はさまざまな思惑や固定観念などにとらわれ、逆に自分の力を制限している可能性があるのです。

つまり、トラブルに遭遇したときこそ、その人の実力が発揮されるチャンスであるといってもよいでしょう。そしてその本来の能力を引き出すのがコーチングです。そこで今回は、部下や後輩が逆境を乗り越える力を引き出すコーチングの手法を紹介します。

成功体験を振り返ることで強みやリソースを引き出す

部下や後輩の逆境を乗り越える力を引き出すポイントは3つあります。まず1つめは「成功体験を振り返ってもらう」ことです。成功には必ずその要因があるので、コーチングによってそれを引き出すのです。

例えば部下が壁にぶつかって悩んでいるとしましょう。そんなときは、その部下が過去に成功させた仕事で、心掛けたことやそのときの心理状態などについて質問すると良いのです。過去の成功は、現在の課題と直接関連がなくても構いません。とにかく過去の成功体験において、「どうやって成功したか」ということだけでなく、「そのときどういった気持ち・状態だったのか」を尋ねるのです。そして、その答えから課題解決の糸口を探します。

例えば、新しい仕事にプレッシャーを強く感じている部下に「あの大きなプロジェクトを成功させたときのあなたはどんな状態だった?」という質問を投げかけたとします。部下が「プレッシャーがかかっているのを忘れるほど仕事に集中していました」と答えたら、そこで「どうしてそれほど集中することができたのかな?」と質問を重ねていくのです。

すると部下は「いつもお世話になっている取引先の期待に何としても応えたい!と思っていました」というように、仕事に集中できた要因を挙げるはず。こうして成功時の状況を振り返り、その部下のさまざまな強みやリソースを引き出していきます。そして、それらの中から、「『失敗したらどうしよう?』と思うのではなく、『取引先の役に立ちたい』という意識で取り組む」など、現在直面している課題の解決方法を見つけていくのです。

視点を変えるコーチングで新しい気付きを促す

部下や後輩の本来の力を引き出す2つめのポイントは「視点を変える」ことです。人は危機に直面するとネガティブな思考に陥ったり、視野が狭くなったりすることがあります。また、それまでの人生で染み付いた固定観念やイメージで物事を判断する傾向があり、自分一人でそれを変えることは容易ではありません。コーチングでは、普段と異なる客観的な視点からその人の置かれている状況やリソースを見直すことで、新しい気付きを促します。

例えば、ある部下が、「人事や営業、マーケティングなどさまざまな業務を担当してきたけれど、どれも中途半端で目の前の課題に対処する自信がない」とあなたに伝えてきたとします。そのときに「あなたのそのキャリアをポジティブに考えることはできないかな?」と質問してみるのです。複数の業務に従事した経験を持つ人は、1つの業務を長年続けた人よりも、視野が広くそれぞれの視点から物事を考えることができるはず。もしもそれに対して部下がノーアイデアだった場合は、「さまざまな経験をしてきたということを、自分の中に複数の柱があると考えたらどうだろう?」などと質問形式で提案してみてもよいでしょう。このように、コーチングによって、現状をポジティブに捉え直すことができるように導きます。

その後は、引き出したリソースを使って、相手の抱えている課題に対処ができないかを探っていきます。コーチングでは、あくまで質問によって、相手が自ら考えてアイデアを引き出すことを目指します。もしアドバイスをする場合には、「質問形式」にするのがコツです。

また、視点を変える方法として、「60歳でリタイアする頃の自分が今の自分にアドバイスするとしたら、何て言うかな?」などというふうに、未来の自分から現在の自分にアドバイスさせる方法や、「あなたの尊敬する坂本龍馬ならどうするだろう?」と想像させるユニークな方法もあります。

「できる」「ある」という前提が突破口につながる

3つめのポイントは、「『できる』『ある』という前提に立つこと」です。困難な事態を前にすると、誰でも「できるかな?」「そんなの無理」と尻込みしたり、逃げ出したくなったりすることがあるはずです。そこで、まず「できる」という前提でコーチングをすることによって、相手の逃げ道を断ち切ってしまうと、意外な突破口が見つかります。

仕事で難しい課題に対処するときには、一般的に「何か良い方法はある?」と質問しがちです。しかし、この質問だと「思い付きません」「ありません」と答えられてしまう可能性があります。課題が難しいときほど「解決策があるとしたら、何だと思う?」と質問するようにしてください。この聞き方には「できない」「ない」という選択肢はありません。そのため部下は何らかの解決策を出さざるを得ず、知恵を振り絞って考えるはずです。自分の解決策に自信がなくて躊躇していた場合は、発言を後押しするでしょう。

逆境を乗り越える力を引き出すコーチングの3つのポイント

部下だけでなく、自分自身、会社全体にも応用できるテクニック

実際に部下や後輩にコーチングを行う際は、相手の性格や状況に応じて、これらの3つのポイントを使い分けることで、より効率的に逆境を乗り越えるように導くことができます。効果的なコーチングのためには、第5回で紹介したようなポイントに基づいて、日頃から部下をよく観察しておくことが重要です。

また、これらのポイントは、自分自身が逆境を乗り越えるための思考法としても活用できます。さらに1対1の場合だけでなく、部署や会社全体で逆境を乗り越えるための会議などを行う際にも有効です。逆境に直面したときには、これらの手法をぜひ上手に活用して、解決につなげてください。発想が広がり、想像を超える解決策がきっと見つかるでしょう。

PROFILE

谷口 祥子
谷口 祥子たにぐち・よしこ
株式会社ビィハイブ代表取締役。思いこみクリアリングカウンセラー。コピーライターとして活動後、ITベンチャーにて携帯コンテンツ事業の立ち上げに参画、その後コーチングに出会い、2004年よりプロコーチ・セミナー講師としての活動開始。現在はブリーフセラピー、交流分析、再決断療法などをベースに構築した独自プログラムを用い「思いこみクリアリングカウンセラー」として活動。経営者や管理職のカウンセリング、コーチング、会話のコンサルティングなどを行う。著書は『図解入門ビジネス 最新コーチングの手法と実践がよ~くわかる本』『「結果を出す人」のほめ方の極意』など。

記事公開:2020年7月