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部下の力を引き出す「コーチング」の極意

部下が自発的に働くようになる、コーチングの手法と実践について解説します。

vol.9 顧客の重要なニーズを引き出し
提案に満足してもらうテクニックとは?

重要な課題ほど顧客は簡単に話してくれない

コーチングのテクニックが使える相手は、後輩や部下、社内でのコミュニケーションのみではありません。対外的な商談やビジネスの場でも、コーチングを知っているとスムーズに進むケースは多数あります。

例えば、顧客のニーズを正確に捉えることは、ビジネスを成功に導くための第一歩。一方で、顧客にとって、課題は弱みであるともいえます。自社の弱みをやすやすと開示することには、抵抗を感じる方も多いことでしょう。また、達成したい目標はあるものの、漠然としていて顧客自身がどうすればいいのか把握できていないケースもあります。

そうした課題や目標など、顧客の真のニーズを引き出したいときにも、コーチングのスキルは役に立ちます。コーチングによって引き出した顧客のニーズに対して適切な提案ができれば、商談が成立する可能性もグンと上がるはずです。

とはいえ、顧客にとって課題や目標が重要であるほど、その解決策や提案について慎重に検討するもの。このときにも、コーチングのスキルを駆使することで、顧客の納得を得やすくなります。今回は、顧客の真のニーズを引き出し十分に納得してもらい、良好な関係を築いてビジネスを進めることができるコーチングのテクニックを紹介します。

「承認」の積み重ねが顧客の心を開く

顧客の真のニーズを引き出す準備としてまず重要になるのが、相手の心情に寄り添い、その立場に立って考えること。それを可能にするのが、コーチングのスキルである「承認」です。このスキルを使って相手に「この人は味方だな」と思ってもらうことで、まず心の距離を縮めていきます。

第3回でも紹介した通り、「御社は素晴らしいですね」などうわべだけの抽象的な言葉を並べたてて同意するのはお世辞であって、承認しているとはいえません。相手を褒めたいときは、過去に相手が成功した大きなプロジェクトや、大きな危機を乗り越えたことなど、具体的な事柄を挙げましょう。「大変なプレッシャーだったでしょうね」などと言い添えることで、顧客は「この人は私のことをよく見てくれている」と感じます。

そして「あの危機的状況の中で、売上を3倍に伸ばされたんですもんねー」というように、事実をベースに掘り下げて伝えていくのが、商談での褒め方のコツ。こうして承認を積み重ねることで、顧客の信頼を得て、素直に何でも話してもらえるような関係性を築いていくことができるのです。

また、相手が話す内容が自分の考えと異なった場合に、「いや」「しかし」などと反射的に言ってしまう癖のある人は少なくありません。しかし、すぐに否定するのは信頼関係の構築に良い影響を与えません。いったん「なるほどー」「そうなんですね」と受け止めるようにしましょう。その後で「先ほどの点については、こういう考え方もできると思うのですがいかがでしょう?」というように、違う意見を提案という形で相手に伝えるのが賢明です。

顧客自身に語らせて決断させる

承認を繰り返して顧客から信頼されるようになったら、いよいよ顧客の真のニーズを引き出していきます。そこで使うのが、コーチングの「質問」のスキル。前述したように、重要な課題や明確になっていないことなどに関しては、なかなか答えてくれないこともあります。そこで角度を変えながらさまざまな質問をして顧客のニーズを探っていきましょう。ニーズを探る過程で、顧客本人に課題解決の方法を決断してもらうのがポイントです。

例えば、社外の人間には話しにくそうな重大な課題であれば、それに連なる比較的話しやすい小さな課題について投げかけてみるといいでしょう。経理についてであれば「前職で公私混同してしまうタイプの人間がいまして、うっかりなのか意図的なのか、プライベートで移動した際の電車賃を経費として申請していて……あわや支払ってしまうところでした。御社のように管理がしっかりしているとそのようなことはきっとないでしょうね」という風にちょっとした自分の経験を話してみるのです。

もしもその取引先に横領などの問題があったとしたら、それをきっかけに相手があなたに心を開いて、「実は恥ずかしながら……」と告白し、経理システムの見直しをしたいという話になるかもしれません。このように小さな問題について自分の過去の経験を提示することで、相手も話しやすくなり重大な課題を話してもらえる可能性が高くなります。

あなたが経理システムの専門家であれば、相手の話を聴くことでどこに問題があるのかすぐに分かるかもしれません。もちろん改善策をダイレクトに指摘することも先方が行動してくれるのであればいいですが、他人から指摘されたり指示されたりしたことを素直に行動に移せる方はそう多くはありません。そこで大切なのが、相手に語らせることなのです。

そのようなときは「横領があったのですね。御社でそのようなことがあるなんて意外です。いったいどこに問題があったのでしょうねー?」と投げかけてみるのです。すると「実は10年前に導入した経理ソフトを使っていて、不便を感じていながらもそのままにしていたんですよ。それが不正を助長させていたのだと思います。コストを節約するつもりが、かえって大きな損失を生んでしまいました」と話してくれるかもしれません。あなたがもし経理ソフトを扱っているのであれば、クロージングも大幅にやりやすくなると思いませんか?

人は、他人から言われることよりも、自分の口から出た言葉に最も影響を受けるものです。顧客を説得するのではなく、顧客自身が話した言葉に対して提案し、あくまで自分で決断してもらうのです。その方が顧客の中に、満足感や「自分ごとである」という意識が芽生え、販売後の関係性にも良い影響を与えることになります。

どんな内容もポジティブに表現する

真のニーズを引き出すやり取りの中で気を付けたいのが、ネガティブな表現。例えば、顧客を持ち上げるために、顧客の競合他社の商品を「あの商品、業界内では評判が良くないですよね」「大して売れていませんよね」などと軽々しく批判するのはやめた方が賢明です。担当者が前職で開発に関わっていた可能性もありますし、個人的に評価しているかもしれないからです。そうするとたとえ事実であったとしても、あしざまに言ってしまうことで相手から反感を買うことになりかねません。

ネガティブな表現は、相手も同じ考えならまだしも、そうでなかった場合は非常に悪い印象を与えてしまいます。なので、前述のような場合は「あの商品は、ここを改良するともっと使いやすくなると思います」というように、ポジティブな表現に言い換えるようにしましょう。どんな内容でもできるだけポジティブな表現で伝えることは、あなたの姿勢に「承認」の精神が息づいていることを感じさせ「ああ、この人となら気持ちよく付き合うことができそうだ」と思ってもらえることでしょう。

顧客のニーズを引き出し、提案に満足してもらうテクニック

信頼関係を築くには、日々の積み重ねが必要です。けれどもそれが壊れるのは一瞬です。顧客が心から納得していないのに一方的に話を進めても、信頼されることはなく、商談は成立しませんし、たとえ一度は顧客になってくれたとしても、継続的な取引につながりません。そうならないためには、日頃から相手への敬意と好奇心を忘れずに承認、質問を繰り返し、相手の状況や考え方について十分に知っておくことが重要になります。功を焦らず、一歩ずつ着実に関係性をつくっていこうという心構えが求められるのです。

PROFILE

谷口 祥子
谷口 祥子たにぐち・よしこ
株式会社ビィハイブ代表取締役。思いこみクリアリングカウンセラー。コピーライターとして活動後、ITベンチャーにて携帯コンテンツ事業の立ち上げに参画、その後コーチングに出会い、2004年よりプロコーチ・セミナー講師としての活動開始。現在はブリーフセラピー、交流分析、再決断療法などをベースに構築した独自プログラムを用い「思いこみクリアリングカウンセラー」として活動。経営者や管理職のカウンセリング、コーチング、会話のコンサルティングなどを行う。著書は『図解入門ビジネス 最新コーチングの手法と実践がよ~くわかる本』『「結果を出す人」のほめ方の極意』など。

記事公開:2020年9月