「アシストスーツ」「パーソナルモビリティ」「自動運転車」……
どれも社会の未来を創るといわれている技術です。
これらの実現のために活躍が期待されているのが「MR流体」という材料。
富士フイルムは55年以上にわたり培ってきた磁気テープの技術や
ノウハウを応用することで、高性能なMR流体の開発に成功しました。
What's this?
ロボットと快適に過ごす未来を実現!?
富士フイルムの歴史が詰まった
進化した液体「MR流体」。
実用化へ機運が高まるMR流体ブレーキ
少子高齢化社会である今、介護や医療、物流などの現場では、人が装着することで重労働を軽減する「アシストスーツ」の導入が始まっています。また、空港など広い空間を移動するのに便利な「パーソナルモビリティ」の普及に向けた取り組みも加速中。近い将来、人とロボットが共存する社会が到来するかもしれません。
しかし、人と共存するロボットに対しては、従来の産業用ロボット以上に、応答速度の速さや高精度な制御、人の動きへの高い追従性が強く求められます。そこで、これらの要求に応える材料として、近年、注目され始めているのが、「MR流体」です。
「MR流体」とは、この記事でも解説したとおり、日本語では、「磁気粘性流体」とも呼ばれる素材です。電磁コイルに電流を流すなど、外部から磁場を加えることで液体の粘度を変えることができ、その応答速度は数ミリ~数十ミリ秒と速いのが特徴。また、連続的かつ高精度な制御が可能なことから、ロボットや自動運転車の性能向上が図れると、近年、期待が高まっています。
実はMR流体は、すでに実用化されています。例えば、自動車のショックアブソーバー。サスペンション内にあるショックアブソーバーのシリンダー内部は、油で満たされています。油がもつ粘度を使って、シリンダー内部で上下するピストンロッドの振動を減衰することで、走行中の振動や衝撃を和らげているのです。それに対し、2000年代に入って欧米の自動車メーカーが高級車向けに開発したのが、油の代わりにMR流体を使ったショックアブソーバーでした。
MR流体は、外部から加える磁場の強さに応じて、液体から半固体へ、逆に、半固体から液体へと、高速で自由自在に液体の硬さ(流動抵抗)を変化させることができます。とはいえ、磁場を発生させるには、一定以上の電力および電子制御が必要なことから、現在のところ、自動車における用途は、ショックアブソーバーなど直動運動の制御にとどまっており、MR流体を使ったブレーキなど回転運動の制御には利用されていません。しかし、近年、MR流体ブレーキの実用化への機運が高まってきています。
磁気テープの技術とノウハウを生かした
富士フイルムのMR流体
MR流体には、鉄などの強磁性体※1の微粒子が使われており、その直径は1~10μm※2。通常、液体の中に強磁性体の微粒子を混ぜただけでは、微粒子は沈降してしまいます。これまでMR流体があまり普及してこなかった理由の1つには、微粒子が沈降せずに、常に液体中で均一に分散した状態を保つことが難しかったことが挙げられます。
このような中、富士フイルムは、2018年から、MR流体の開発に着手。55年以上にわたる磁気テープの開発と製造で培った独自の技術とノウハウを応用することで、液体中の強磁性体の微粒子の沈降を制御し、運動が始まった際に再び分散させることも可能にしました。
今回、富士フイルムが新たに開発したMR流体は、磁場を加えると、瞬時に高い応力(外部からの力に対する物体の抵抗力)を発揮するという特徴を持っています。これにより、既存のMR流体に比べてより高いパワー制御が可能です。
逆に、磁場を加えていないときは、既存のMR流体に比べて粘度が低いという特徴も併せもっています。そのため、ブレーキのような回転運動の制御に適しており、走行中は運動を阻害せず、停止するときは即座に強い力を発揮するMR流体ブレーキを実現することができます。MR流体ブレーキが実用化されれば、従来のような摩擦による熱エネルギーを使ったブレーキに比べて応答速度が速い上、摩擦を使わないので、動作時のノイズを減らすことも可能です。
※1 外から磁力を加えると磁気を強く帯びる材料のこと
※2 1μmは1mの100万分の1
※3 磁束密度とは磁場の強さを指す
※4 せん断速度とはひずみを与える速度のこと
オープンイノベーションのもと、
MR流体の新たな市場の確立を目指す
また、富士フイルムのMR流体は、磁場を使って回転力(トルク)を直接制御するため、人の動きに追従するなど、ブレーキの機能を増やすことが可能です。それにより、冒頭に挙げたような、人の生活のそばで使われるロボットの安全性を高めることができます。
さらに、ハプティクス分野への応用も期待されます。ハプティクスとは、触覚や力覚など感覚技術のことです。例えば、ゲーム機のコントローラーには、ユーザーに振動や動きを与える触覚フィードバック機能を搭載したものがあり、臨場感を味わうことができます。これは、ハプティクスの応用例です。
今後、このハプティクス分野にMR流体を導入することで、よりリアルな触覚や力覚を得ることができるようになると予想されます。それにより、例えば、医療分野においては、医療用ロボットによる遠隔手術の際に、執刀する医師が「ロボットアーム」を通じて、高速かつ高精度に触覚フィードバックを受けることで、よりスムーズに手術を進めることができるようになります。
このように、「応答速度が速い」「高精度な制御が可能」「人の動きへの追従性が高い」といった特徴を併せもつMR流体により、富士フイルムは、素材メーカーとして自動運転車やロボットとの安心安全な共存社会の実現への貢献を目指しています。
MR流体の応用先はこれだけではありません。また、用途によって、MR流体に求められる特性は大きく異なります。そのため、富士フイルムでは、オープンイノベーションという考えのもと、MR流体という新たな市場の確立に向け、まずは、応用先を広く募っています。それぞれのお客様のニーズに合致する特性をもったMR流体を開発し、提供していく計画です。富士フイルムのMR流体と、それがもたらすより便利で明るい未来を一緒に創っていきましょう。
【取材協力/富士フイルム株式会社 産業機材事業部】
記事公開:2020年9月
情報は公開時点のものです