業界注目の技術情報
フロープロセスの歴史と工業化動向(その3)
反応の集積化
旧来のフラスコを用いた有機合成においては、基本的に一段階ごとに反応の後処理を行ない、必要に応じて精製操作を加え、新たなフラスコで次の段階の反応を行なう、という逐次型になる。一つのフラスコで数段階の反応を行なう、ドミノ反応やワンポット合成といった形式もあるが、制約が多いため特別なケースに限られる。
しかしフロー合成においては、複数のフロー型反応容器を連結することで、連続的な反応をずっと簡便に行なえる。いわば、バッチ型では時間的に集積化していた多段階反応を、空間的集積化に置き換えられるということになる。これにより、これまで多くの時間と手間を要していた多段階合成を、迅速に自動で行なうことが可能になった。これは、フロー法の重要な特長である。
TAC-101のフロー法による合成
一例として、フロー合成の世界的第一人者である吉田潤一氏(京都大学)による、医薬候補化合物TAC-101の合成を挙げる。この骨格を構築するため、吉田氏らは有機リチウム試薬による反応を3段階集積し、収率よく目的物を得ている(Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49, 7543.)。
まず1, 3, 5-トリブロモベンゼンに対し、1当量のn-ブチルリチウムを作用させてBr-Li交換し、アリールリチウム種を発生させる。ここにクロロトリメチルシランを作用させ、シリル化する。得られた生成物にもう一度n-ブチルリチウムを作用させ、同様にシリル化を行なう。得られた1-ブロモ-3, 5-ビス(トリメチルシリル)ベンゼンに対し、n-ブチルリチウムを作用させてBr-Li交換、これをイソシアナートと反応させ、目的のTAC-101のメチルエステルを得ている。
それぞれの段階の反応は、全て0℃で行なわれる。最適化されたシステムにおいては、全工程がわずか13秒で終了し、100~200mg/minの速度で生成物が得られる。総収率は77%と十分に高い。また、クロロトリメチルシランの代わりに他のクロロシラン類を用いることで、異なるシリル基を持った非対称の誘導体を合成することも可能である。
フロー法によるオランザピンの合成
一方、カラム内に固定化試薬や触媒を詰め、基質溶液をそこに流すことで反応を行なうタイプのフロー合成でも、複雑な医薬品化合物の合成が達成されている。たとえばKirschning氏(ライプニッツ・ハノーバー大学)らは、統合失調症などの治療薬オランザピンのフロー合成を2013年に報告している(Angew. Chem., Int. Ed. 2013, 52, 9813)。
Kirschning氏らは、第1段階でBuchwald-Hartwig反応、第2段階でニトロ基の還元、第3段階で酸触媒による環化反応、第4段階でアミンの求核置換反応を行ない、目的のオランザピンを得ている。
第1段階では鋼鉄のビーズを詰めたカラムで反応を行なった後、シリカゲルカラムを通してパラジウム触媒を除去している。第2段階のニトロ基還元では、綿にパラジウム炭素を含ませたカラムを通じて反応を行ない、すぐさま塩化水素の酢酸エチル溶液を加えて酸性条件下で環化させている。最終段階では、Ti(OiPr)4をシリカに担持させたカラムを通じながら、N-メチルピペラジンによる置換反応を行ない、最終物を83%の収率で得ている。
このように、各段階で適したカラムを使い分ける工夫で、高い収率を実現している。また、高温を必要とする反応では誘導加熱(IH)を利用することで、安全かつむらのない加熱を実現している。
フロー法によるロリプラムの合成
2015年、小林修氏(東京大学)らは、不均一触媒型カラムだけを用いて医薬成分ロリプラムを合成することに成功した(Nature 2015, 520, 339)。第一段階では、アミノ基を結合させたシリカと塩化カルシウムを詰めたカラムで、芳香族アルデヒドとニトロメタンのHenry反応を行なう。第二段階では、pyboxと呼ばれる不斉触媒を結合させた樹脂を詰めたカラムで、マロン酸エステルのMichael付加反応を行なう。この時、pyboxの作用により、高い光学収率で付加体が得られてくる。
次にポリマー担持型パラジウム触媒を用い、水素ガスを流してニトロ基の還元を行なう。できた一級アミノ基はエステル部分を攻撃し、ラクタム環を形成する。最後に、カルボキシ基を持ったシリカゲルカラムを通じることで、エステルの加水分解及び脱炭酸が進行し、目的のロリプラムが得られてくる。
このフローリアクターを1日稼働させることで、1グラムのロリプラムを不斉合成できる。試薬を適宜変えることで誘導体合成も可能となっている。不均一系触媒を充填したカラムに、化合物の溶液を通過させるだけで、必要な量を素早く合成できる点に大きな特色がある。
工業化へ向けた展望と課題
このように、すでに不斉点を持つ複雑な医薬化合物のフロー合成が実現している。省エネルギー、省スペース、グリーンであることはもちろんだが、その速度、操作の簡便さも大きな長所といえる。
今後、工業規模での合成実現にあたっては、いくつかの技術的課題解決の必要もある。送液ポンプに脈動があると反応性の低下などを招くが、無脈動のポンプは今のところ高価につく。
また、流路の目詰まりは工業化に当っても大きな壁である。超音波照射などの他、圧力を急激に変化させることで詰まりを除く方法などが試されているが、結晶化しやすい基質などではいつ詰まりが起こるか予測がつきにくく、実用化への障害となっている。
とはいえ、我が国の得意とする精密加工技術などと連携してゆけば、フロー合成は他国の追随を許さない技術に育ちうる領域といえる。この新しい手法が、より多くの研究者の関心を惹きつけ、さらなる成長を遂げることを望みたい。